どうも!あさこです。
今日は羽生結弦選手のことを書きたいと思います。
運よく羽生君の演技を生で見ることができた思い出、感想などをただただ書いていくだけの記事ですが、良かったら読んでください。
- 私が初めて羽生選手を見たのは2010年3月
- 2010-2011シーズン・シニアデビュー
- 東日本大震災
- 2014全日本フィギュア
- 2015年・長野ビックハットでのNHK杯男子フリー
- 2021年全日本フィギュア
- 2022年北京オリンピック
- ファンになれることの奇跡
- 羽生結弦に幸あれ
私が初めて羽生選手を見たのは2010年3月
羽生君の存在に気が付いたのはフジテレビのとくダネ!で真央さん、大輔さんが世界選手権ダブル優勝したニュースの中で世界ジュニア選手権も男女優勝だった、という話題があり、村上佳菜子さん、羽生結弦選手が紹介されたときでした。
ジュニアもすごいんだね、ということでその世界ジュニア選手権、羽生選手の動画を探して見てみたんですよね。
一言で言って
なにこの子すごすぎ・・・
でしたね。
ジャンプは跳びあがりから回転から着氷まで美しく、手足も長い。
男子でビールマンスピンをやっているのも驚きました。
私が特に惹かれたのがスピンですね。
パンケーキスピンというものなんですが
いやー美しい。
とにかく滑らかで速度も落ちず腕を広げれば芸術作品かと思いましたね。
ジャンプもステップも素敵ですが、私は羽生選手のこのパンケーキスピンが一番好きだったりします。
2010-2011シーズン・シニアデビュー
翌シーズン、高校1年生でシニアに参戦した羽生選手。
その年の全日本で初めて生観戦しました。
シニアとして参加する初の全日本でショート2位。
私が観に行ったフリーでは少し体力切れといった感じで総合4位。
順位は落としましたがダイヤモンドの原石、なんていう表現は私がするのはおこがましいかもしれませんが、すごい選手になるだろうというオーラをひしひしと感じました。
東日本大震災
その翌年の3月
東日本大震災がありました。
東北にも甚大な被害が及んだという情報から、徐々にわかってくる被災地の状況。
ケガをされている方々や行方が分からない方々の心配と同時に、フィギュアスケートファンは羽生選手はどうしているのか状況がわからないという時間がしばらくありました。
無事であってほしいと願う中、本田武史さんがTwitterで羽生選手の無事を確認し、知らせてくれました。
それを見たときは膝の力が抜けてへたり込んでしまいました。
そして4月、神戸で高橋大輔選手が東日本大震災のチャリティーアイスショーをする、ということで迷いましたが長野からバスを乗り継ぎ観覧しにいきました。
WhiteLegend 白鳥の湖を披露してくれましたが、震災時、とても心配していた気持ちなどもあり、美しく滑る姿を見ることができて大号泣でした。
最後に募金をしたのですが、スケーターが募金箱の前に立ち、その列に羽生選手、高橋選手が並んで立っていました。
まだ震災のショックが止まない中、同じく列に立つスケーター達は神妙な面持ちの人が多く、しかしこの二人はすべての募金者に笑顔で、元気に最後までありがとうございます、ありがとうございます、と言っていました。
なぜ最後まで、ってわかるかというと、私が結局最後のほうになってしまったから。
ショーが終わってから並び、ずっと挨拶し続けることも大変だったと思いますが、最後まで大きな声で、笑顔で挨拶してくれる二人に感動しました。
2014全日本フィギュア
そのあと、私はアイスショーは見に行くことができましたが、終わり時間が遅かったり、遠方になることが多い試合に行くことがなかなかできず、その間にソチオリンピックがあり、羽生選手は2014年オリンピックチャンピオンになりました。
その年の12月、長野で全日本があり、男子はショートプログラムだけ観に行くことができました。
その時は本調子ではなく、結果優勝ではありましたがエキシビションも辞退し、のちに試合後におへその手術を受けたとニュースがありました。
2015年・長野ビックハットでのNHK杯男子フリー
ソチ後ということで羽生選手人気がすごく、チケットも激戦だったのですがほんとに運よくアリーナが取れました。
伝説のSEIMEIですね。
調子よさそうな感じはありましたがすばらしかったですね。
なんていうかね、スーパーサイヤ人みたいだった。
ほんとに金髪の髪が逆立っているようなオーラというか、気というか、そういうものが見えた気がしました。心からスタオベ。
プレゼントは羽生選手はたくさん投げられるだろうからと女子の分だけいくつか用意していましたが、そこから急いで取り出して投げましたね。これはなんか投げないといかんぞ、と(笑)
2021年全日本フィギュア
それからまたしばらく羽生選手を見るチャンスがなく
平昌での金メダルがあり、コロナで試合などが中止、あるいは無観客となり、ますます見る機会がありませんでした。
そして昨年の全日本。
男子フリーの演技を見ることができました。
結果は皆様ご存じのとおりです。
素晴らしい集中力、素晴らしい演技でした。
羽生選手は6分練習の前や演技の前に音楽を聴きながらかなり激しくリズムをとったり、何かを叫ぶ?ようなしぐさをします。
実際リンクでは堂々とした素晴らしい演技をする前でも、プレッシャーや緊張や恐怖を一番感じていて、その押しつぶそうとしてくる何かを必死に逃しながら、集中が切れないように、滑り切る精神を保つようにずっと戦ってきたんだな、と思います。
2022年北京オリンピック
今日3度目のオリンピックの演技を滑り終えました。
まずは本当にお疲れさま、と伝えたいですね。
そしてファンの皆様もお疲れさまでした。
ショートにアクシデントがあり、中一日で落ち着かない時間だったと思います。
ファンになれることの奇跡
世の中にはたくさんの趣味だったりスポーツだったり芸能、娯楽があります。
その中でフィギュアスケートに出会い、好きな選手に出会えて、応援できることは運命であり、幸せなことだと思います。
羽生選手の今後はゆっくり休んでゆっくり考えてゆっくり決めていったらいいと思います。
一年一年考えるもよし、4A出来たらやめます(つまり4Aできるまでやめれまてん)もよし。型にとらわれず進んでもらいたいな、と思います。
羽生結弦に幸あれ
私が初めて羽生選手を見たのは2010年3月
もう12年も前のことなんですね。
もしその日に生まれている子がいたら小学校6年生でもうすぐ中学生になります。
私もまだお姉さんと呼ばれたいおばさんでしたが、もうがっつりとおばちゃんになり、子供も社会人になりました。
15歳だった羽生くんは27歳の羽生さんへ。
これからも彼の人生に幸あることを祈ります。